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ココナラで縁結びや施術を実施。口コミでも話題の神倉神社に参拝し、その効果を実証。

神倉神社(かみくらじんじゃ)

和歌山県新宮市の「神倉神社(かみくらじんじゃ)」

熊野速玉大社の摂社で、南に徒歩約17分。

神倉山(かみくらさん)中腹に鎮座しています。

神社入口で出迎えるのは、目印でもある朱色の太鼓橋です。

太鼓橋を渡ると正面に、猿田彦神社と神倉三宝荒神社が鎮座しています。

ご祭神は、みちびきの神様として知られる猿田彦大神(さるたひこおおかみ)

日本神話では天照大御神の命により降臨した天孫瓊々杵尊を道案内した神様です。

右側にある龍の吐水口の手水舎

朱色の鳥居と見上げるほど急勾配の石段。

熊野古道中の古道と言われ、鳥居の近くには参拝者のために杖が置いてあります。

鳥居をくぐると右側に「女坂」があるので、自信がない方はこちらを利用すると良いでしょう。

段差の激しい538段の石段。

これまで数多くの神社仏閣に参拝してますが、この石段ほど危険を感じる場所は滅多にありません。

写真では伝わらないと思いますが、それほど段差や勾配が激しい石段です。

次の写真の方が、より伝わりやすいと思います。

自然石(花崗岩)を組み合わせた石段は、1193年に源頼朝が寄進したものと伝えられています。

この石段を上った先、標高100mほどのところに拝殿があります。

途中、踊り場のようになっており「火神社」と「中ノ地蔵堂」が鎮座しています。

急勾配を上って疲れた足を一休みさせることができます。

ここは「女坂」との合流地でもあるので、石段を下る時の目印となります。

火神社を過ぎると石段の勾配が緩やかに。

石段は続きますが、だいぶ上りやすくなります。

季節によって鳥のさえずりも楽しめ、木々に囲まれた自然豊かな参道です。

山上にある朱色の鳥居と玉垣が見えてました。

鳥居をくぐると拝殿はもうすぐです。

鳥居の右手にあるのは、歴史を感じる手水鉢(ちょうずばち)

この手水鉢は1631年、江戸時代に新宮第二代城主「水野重良」から寄進されました。

巨大な一枚岩(黒雲母花崗斑岩)をくりぬいて造ったもので、 新宮市の有形民俗文化財に指定されています。

岩熊野の神々が降臨した聖地である「ゴトビキ岩」

新宮地方の方言でゴトビキはヒキガエルを指し、1500万~1400万年前の火山活動でできた岩石が風化によって丸みを帯びたとされています。

ご祭神は「高倉下命(たかくらじのみこと)」と「天照大神(あまてらあすおおみかみ)」

日本神話の神武東征にて登場する「天ノ磐盾(あまのいわだて)」と呼ばれる峻崖。

その上に巨岩(磐座)が、圧倒的な存在感を放って佇んでいます。

熊野権現が熊野三山として祀られる以前、最初に降臨した聖地としても有名です。

当日は、他の参拝者の邪魔にならないよう配慮しながら祈祷を行いました。

拝殿前に広がるのは壮観なパノラマ。

眼下に太平洋と新宮市の街を一望でき、非常に清々しい気持ちになりました。

拝殿の右側は一枚岩の急な傾斜。

上っていくとゴトビキ岩の付け根とされてる場所があります。

注連縄と榊を祀っており、厳かな雰囲気が漂っていました。

鳥居手前には「満山社」が鎮座し、縁結びと八百万の神を祀っています。

最後に神倉神社の神事をご紹介します。

毎年2月6日夜、春を告げる火祭り「御燈祭り(おとうまつり)」がこの石段で行われます。

主役は白装束姿で腰に荒縄を巻いた2000人前後の「上り子」たち。

燃えさかるたいまつを手に雄たけびを上げながら、石段を駆け下りる姿は圧巻です。

たいまつの炎が連なりまるで滝の姿に見えることから地元民謡で「山は火の滝 下り竜」と謳われています。

神武天皇が熊野に上陸した際に松明の炎で迎えた故事が発祥とされ、国の重要無形民俗文化に指定されました。

約1400年前から伝わる奇祭は、毎年多くの観光客で賑わいます。