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本物の縁結びや祈願祈祷を実施。口コミでも話題の出羽三山神社に参拝し、その効果を実証。

出羽三山神社(でわさんざんじんじゃ)

2019年11月7日。この日は最高吉日の天赦日でしたが、その素晴らしい吉日に訪れたのは山形県羽黒町にある「出羽三山神社(でわさんざんじんじゃ)」

今でも多くの修験者が訪れる東北随一のパワースポットに参拝しました。

羽黒山

出羽三山とは、山形県の村山地方から庄内地方にまたがる「羽黒山・月山・湯殿山」を合わせたもので、古くから山岳修験の霊場として使われてきた場所です。

3つの山にそれぞれ出羽神社・月山神社・湯殿山神社があり、それらを総称して「出羽三山神社」と呼んでいます。

しかし、冬になると標高が高い月山と湯殿山は雪で閉ざされてしまい、年間を通して参拝できるのは羽黒山のみ。

その為、一年中参拝が可能である羽黒山の山頂に、全国でも珍しい「三神合祭殿(さんじんごうさいでん)」という羽黒山・ 月山・湯殿山の三神を合祭した大社殿が建立されました。

羽黒山五重塔ご朱印

ご祭神は下記の六神。

月山神社
・月読命(つくよみのみこと)

出羽神社
・伊氏波神(いではのかみ)
・倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

湯殿山神社
・大山祇命(おほやまつみのみこと)
・大己貴命(おほなむちのみこと)
・少彦名命(すくなひこなのみこと)

神社の創建は593年。

崇峻天皇の第一皇子である蜂子皇子(はちこのおうじ)により羽黒山が開かれ、修験道の一大霊場として栄えたそうです。

修験道(しゅげんどう)とは、昔から山には神々が宿ると信じられ、悟りを開くために山での厳しい修行に身を置く山岳信仰の宗教です。

羽黒修験道では「羽黒山は[現在]」「月山は[過去]」「湯殿山は[未来]」の三世を司るため、出羽三山を登拝するのは[羽黒山 ⇒ 月山 ⇒ 湯殿山]の順番が正しいとされています。

また、江戸時代になると三山を巡ることは、魂が生まれかわる「生まれかわりの旅」として広がりました。

当時、西の伊勢神宮に参拝することを「西の奥参り」

東の出羽三山に参拝することを「東の奥参り」

以上のように称され、両社の参拝を果たすことは人生礼儀の一つとされていたこともあり、車も電車も自転車もない時代から多くの人が東西の参拝に挑戦していたようです。

羽黒山鳥居

まず羽黒山の参拝は表玄関となる「随神門(ずいしんもん)」から始まります。

今でこそ神道の呼び名で随神門と呼ばれていますが、神道と仏教の歴史は「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」と「神仏分離(しんぶつぶんり)」が行われているため、明治時代より前は「仁王門」と呼ばれていました。

現在は神仏分離により、悪霊の侵入を防ぐ豊石窓神(とよいわまどのかみ)と櫛石窓神(くしいわまどのかみ)の二神が祀られています。

元々ここに在った仁王尊は「正善院黄金堂」に遷されているとのことです。

他にも貴重な仏像が観覧できる正善院黄金堂は、平泉の藤原氏を討つため源頼朝が勝利祈願に寄進したと伝えられています。

羽黒山随神門

随神門をくぐると「継子坂(ままこさか)」という谷間に向う下り坂が続き、両側には樹齢は300年~500年の老杉が天高く立ち並んでいます。

大自然の清々しいエネルギーが満ち溢れる参道は、神域に足を踏み入れたことを感じさせてくれます。

羽黒山参道01

羽黒山の山頂までは約2kmの山道。

山頂にある拝殿までの道のりがパワースポットと言えますが、2446段の石段を進みながら出羽三山神社を目指します。

ちなみに、2446段の石段は13年もの歳月をかけて築き上げたそうです。

羽黒山参道02

随神門より継子坂を下っていくと参道の両脇に、下記の境内社が鎮座しています。

  • 磐裂神社[ご祭神:磐裂神(いわさくのかみ)]
  • 根裂神社[ご祭神:根裂神(ねさくのかみ)]
  • 五十猛神社[ご祭神:五十猛神(いそたけるのかみ)]
  • 大年神社[ご祭神:大年神(おおとしのかみ)]
  • 天神社[ご祭神:少彦名神(すくなびこなのかみ)]
  • 豊玉姫神社[ご祭神:豊玉姫神(とよたまひめのかみ)]
羽黒山参道03

参道を進むと木々の合間から川のせせらぎが聞こえ清らかな川が見えてきます。

「祓川(はらいがわ)」と呼ばれるこの川では昔、羽黒山へ登る前に参拝者が身を清めていました。

ここで衣服を脱ぎ、冷水を被って身体についた汚れを清めてから山頂へ向かったと言われています。

祓川には朱塗りの神橋がかかっており、緑の木々に映える鮮やかな姿が訪れた人々の目を惹きつけていました。

羽黒山神橋

神橋を渡ると右側には、崖から流れ落ちる「須賀の滝(すがのたき)」があります。

ここは1654年に約8km離れた水呑沢から農業用水として引水した人工の滝であり、神仏分離の前は「不動滝」と称していました。

直下の左に「岩戸分神社(いわとわけじんじゃ)」と右に「祓川神社(はらいがわじんじゃ)」の二社が鎮座し、その背後には不動尊像が祀られています。

川のせせらぎと滝の水音が耳に心地良く、とても清涼な空気が流れています。

須賀の滝

しばらく参道を歩くと、次に現れるのは国天然記念物に指定された「爺杉(じじすぎ)」です。

この羽黒山内で最大かつ最古の老杉は樹齢1000年以上。

爺杉の近くに「婆杉」も立っていましたが、明治35年の台風で倒木し、残された杉は三日三晩泣き続けたという悲しい伝説が残っています。

時々植物と思想伝達をしますが、植物は人間が考えている以上に高次の存在となるため、この話も真実にしか感じることが出来ません。

あまり考えると悲しくなるので止めときます。

爺杉

爺杉を過ぎると左側にあるのは国宝の「五重塔」

平安時代中期に平将門が建立したと伝えられる東北地方では最古の塔です。

長い歳月を重ねた荘厳な五重塔は、漆や朱塗りの装飾がない木の地肌そのままの素木造り。

静寂に包まれた高い杉林のなかに建ち、例年7月中旬~10月の土日祝。それとお盆期間はライトアップによる夜間参拝を行っています。

注目すべき点は29mもの高さにも関わらず、釘を一切使用していない構造です。

この日は三神合祭殿再建200年を奉祝して特別に五重塔の内部を一般公開しており、古来の精巧な建築技術を見る機会に恵まれました。

但し、写真撮影は一切禁止のため、お見せすることは出来ません。

羽黒山五重塔

実は、五重塔を過ぎてからが2446段の石段の始まりです。

加えて参道の途中には、一の坂、二の坂、三の坂という急な坂が待っています。

中でも「油溢し(あぶらこぼし)」と呼ばれる二の坂が最も急勾配であり、源義経に仕えた「武蔵坊弁慶」が奉納する油をこぼしたのが名前の由来とされています。

羽黒山参道04

その他にも頂上へ向かう参道は、随神門から継子坂までの下り坂で現世の穢れと罪を祓い清め、一の坂で自分の過去を振り返り、二の坂で修行を行い、緩やかな三の坂で心身を整えてから山頂の鳥居をくぐる、という意味があるとも伝えられています。

羽黒山参道05

参道石段の見どころの一つに、瓢箪(ひょうたん)や徳利(とっくり)など33個の彫り物があります。

これは神仏分離前に観音菩薩をご本尊されていた由来よるもので、全ての彫り物を探すことができれば大願成就すると言われています。

時間があれば山頂まで約1時間ある道のりを、彫り物を探しながら登ってみるのも宜しいかも知れません。

羽黒山参道06

参道石段を上りきると山頂に到着です。

入り口となる朱色の鳥居が出迎えてくれます。

出羽三山神社鳥居

羽黒山頂の中心に位置する「三神合祭殿(さんじんごうさいでん)」

厚さ2.1メートルの巨大な萱葺屋根に覆われ、本殿と拝殿が一体となった特殊な複合構造をしています。

本殿は度重なる火災に見舞われ、現在の社殿は文政元年(1818年)に再建されましたが、萱葺き木造建造物としては日本最大です。

拝殿と本殿の柱などには優雅な装飾が施され、総漆塗の内部とともに見応えがあります。

月山神社・出羽神社・湯殿山神社の神々を合祀している社殿は、平成12年に国指定重要文化財に指定されています。

出羽三山神社

本殿前には一年中水位がほとんど変化しない「鏡池(かがみいけ)」と呼ばれる神秘の池があり、夏になると水面の様子が全く見えないほど蓮の葉に覆われます。

この鏡池からは数多くの古鏡が出土されたのですが、羽黒信仰の人たちが平安時代から江戸時代に人々が奉納したとされています。

今では羽黒鏡と呼ばれ、190枚の鏡が国指定重要文化財となり出羽三山歴史博物館で展示保存されています。

その他にも神仏習合の修験道時代の品を数多く展示していますので、より深く出羽三山神社の歴史を知ることが出来ると思います。

鏡池

鏡池の近くには、国の重要文化財に指定された「鐘楼と建治の大鐘(けんぢのだいしょう)」もあります。

建治元年(1275年)の銘がある建治の大鐘は、鎌倉幕府より奉納されました。

鐘楼は全国的にも珍しい厚い茅葺き屋根です。

鐘は中世以前のものとしては東大寺・金剛峰寺に次いで大きく口径1.68mで、日本三大巨鐘に数えられています。

通常、鐘は神社になくお寺にある物ですので、それがこの場所にあるだけで神仏習合・神仏分離の歴史を感じることが出来ます。

鐘楼と建治の大鐘

下記の「東照社」は1645年に創建。

栃木県の日光東照宮より分霊を勧請したとされます。

明治時代に東照宮から東照社と改称され、現在の社殿は昭和55年に解体復元したものです。

東照社

境内を散策すると、数多くの摂社と末社が鎮座しているのが目に入ります。

かつてこの地には開祖である蜂子皇子が羽黒山寂光寺を建立し、羽黒三所大権現と称して境内には諸堂や寺院がありました。

しかし、明治の神仏分離令や廃仏毀釈によって山内寺院は壊滅し、三神合祭殿へ改称。

こような歴史があり、元々羽黒山寂光寺の境内で祀られていた仏堂が、現在は摂末社として鎮座されています。

出羽三山神社摂末社

当日はこの素晴らしきパワースポットにて行ったのは「神願霊力祈祷」と「霊力伝心」の2つ。

その術を行い、ご利益が働くようしっかり施しました。

出羽三山神社ご朱印

羽黒山へのアクセスはバスを利用する場合、鶴岡市から庄内交通バス「羽黒山行き」で50分、終点下車。

レンタカーを利用する場合は、庄内空港から約30kmほどで到着します。

羽黒山の麓と山頂それぞれに無料駐車場を完備しているので、登山に自信がない方も安心して参拝ができます。

それと個人的な考えですが、このような場所に訪れた際は、少額で良いので細々と頑張っているお店にお金を使ってあげて下さい。

一杯のかけそばでも店主は喜んでくれます。

人に喜んでもらえる事をやるからこそ、自分にも喜びが返ってきますし、その土地で頑張ってる人に手助けしてあげることは、その土地を鎮守する神仏からも好かれる行為です。

食事が不要な場合には、お土産を買ってあげても喜ばるでしょう。

当日は食事処が数件並んでいる中で「太田商店」さんを選ばせてもらいました。

太田商店

店名:太田商店

住所:〒997-0211 山形県鶴岡市羽黒町手向

電話:0235-62-3529

人の温もりが伝わってくる美味しいお蕎麦です。

是非、参拝に訪れる際は、社殿だけではなく人の温もりにも触れてみて下さい。